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名古屋高等裁判所 平成7年(ラ)86号 決定

抗告人 志賀好江 外2名

相手方 有島桃子 外3名

被相続人 有島満緒

主文

一  原審判を取り消す。

二  本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。

理由

第一本件抗告の趣旨及び理由

抗告人らは、主文と同旨の決定を求め、その理由として、別紙抗告人らの準備書面(1)写しに記載のとおり主張した。

第二判断

一  抗告理由第5(別紙抗告人らの準備書面(1)の「第5」に記載の抗告理由。以下同じ。)について

1  不動産の評価について

記録によれば、原審判における不動産の評価は、参与員の意見に基づいてなされたものと解される。

しかして、この方法は、簡易に専門家の意見を聴取することができ、格別の費用も要しない点において大きな利点があるが、反面、前提となる資料が限定されたり、その意見内容に対する第三者の検証が容易ではなかったりするなどの制約を免れない場合があるものと考えられる。また、不動産が遺産中の相当部分を占めている場合には、その評価の如何によって、各相続人の取得分の内容に重大な影響があるから、参与員の意見内容を終局審判の資料とすることができる場合としては、相続人全員の同意がある場合、右意見内容の合理性が明らかで、それを終局審判の資料とする相当性が認められる場合や、鑑定費用の予納や負担をめぐって当事者間に紛争が生じ、鑑定の実施が極めて困難な場合で、次善の方法ではあるが、参与員の意見によることが相当である場合などが考えられる。

これを本件についてみるに、記録及び審理の全趣旨によれば、この参与員の意見について相続人全員の同意があるものとは認められないし、当該参与員の意見内容自身も、簡易なものであって、その判断内容の合理性を検証することが容易ではないといわなければならない。また、右意見によれば、不動産の遺産中に占める割合は約49%に上り、かつ、本件では当事者も多く、利害も複雑に絡み合っているから、本件では、右参与員の意見を終局審判の資料とするのは相当ではないというべきである。

なお、当審における審理の全趣旨によれば、不動産の評価については鑑定を要するとの抗告人らの主張に対し、相手方らは、右評価のために鑑定をすること自体に反対するものではないと認められる。

したがって、本件においては、不動産の評価は原審での鑑定によってこれを行うのが相当である。

2  抗告人田中万理の利用権について

記録によれば、抗告人田中は、原審判別紙目録記載1の土地上に存する同目録記載3の建物に居住し、少なくとも被相続人が死亡するまでは毎月賃料として2万円程度を支払っていた事情が窺われるから、抗告人田中は右建物に賃借権を有していた可能性が高いと認められる。このように、同抗告人が右建物に貸借権を有する場合には、右土地建物の評価に当たり同抗告人の利用権に相当する価額を控除するのが妥当かどうかについて、なお審理をする必要があるものと考えられる。

また、同抗告人は、原審判別紙目録記載2の土地を使用貸借契約に基づき長期間耕作しているから、この利用権の価額も控除すべきであると主張するところ、記録によれば、同抗告人が長年右土地を耕作してきた事実が認められるから、この点についてもさらに審理が必要と考えられる。

なお、これらの主張は、当審において新たに抗告人らによってなされたものであるが、その主張中には、遺産の評価に影響を及ぼすものが含まれているので、これらの存否について、原家庭裁判所において今後審理を尽くした上、適正な評価をさせるのが相当である。

3  株式等の分割について

原審判は、同別紙目録記載9から14までの株式等を共有ないし準共有とする方法による分割を採用した。しかし、本件においては相続人間に利害や意見の対立があるから、これらの遺産について右のような分割の方法を採用した場合には、紛争を終局的に解決することにはならず、その解決を先延ばしにするだけの結果になるおそれがあるものというべきである。

したがって、これらの遺産のうち特定が十分でないものについては、特定をした上で(記録によれば、これらのほとんどは抗告人有島亨が保管しているものと認められるから、その内容を特定することは困難ではないと考えられる。)、現物分割ないし換価分割の方法によりこれらの遺産を分割するのが相当である。

4  結局、以上の諸点についての抗告人らの主張は理由があるというべきである。

二  抗告理由第1から第3までについて

抗告人らのこれらの主張については、現在の証拠関係の下においては、その主張事実を認めることは困難と解され、これらはいずれも理由のある抗告理由とはみられない。

三  抗告理由第4について

記録及び審理の全趣旨によれば、原審判がなされた後の平成7年5月10日に、被相続人の相続人の一人である亡秋本ユウ子の持分の帰属について、名古屋地方裁判所に遺言無効確認訴訟が提起され、現在相続人間において同訴訟が争われていることが認められる。

このような遺産分割審判の前提問題について別に訴訟が係属している場合でも、裁判所は審判をすることを妨げられるものではないから、原審判時においてはそのような事情はなかったとしても、今後原審においては、右遺言の有効性についてもさらに審理をした場合には、斟酌可能な資料に基づきその有効性について判断をするのが相当な場合もあるということができる。

したがって、原審においては、今後この点も併せて審理をするのが相当である。

第三結論

以上のとおり、本件抗告は、右第二の一1、2、3、三の各点について理由があるから、原審判を取り消すべきところ、本件については前示のような諸点についてなお審理を尽くす必要があるから、本件を名古屋家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 岩田好二 山田貞夫)

〔参考〕 抗告人ら代理人弁護士○○提出の準備書面

第1遺言書の存在

被相続人は、死亡する数年前、自宅に抗告人3名及び被抗告人有島桃子、久司を呼出し、同人らの面前で自筆証書遺言書を作成した。その内容は、豊田市○○町の不動産は田中万理に、豊田市内の外の不動産は桃子の娘に、○○のマンションは有島桃子に、それぞれ相続させるという内容であった。このことは抗告人3名が目の前で現認した出来事である。この時は、桃子の三女の板東君子に代わって誰が被相続人の面倒を見るかが問題となったときである。

そして、抗告人志賀は、平成6年10月28日の審問期日で有島桃子に確かめたが、不当にも桃子は虚偽の答弁をして自らに不利な遺言書を隠匿してしまったのである。

この被相続人作成の遺言書が存在するかどうかという点は極めて重要な点であり、原審判は遺言書は存在しないとの前提で判断をしているが、これは全くの事実誤認であって、この点だけからでも破棄を免れない。

第2遺産の一部分割合意の存在の見落とし

原審判事件の記録によれば、豊田市○○町×丁目所在の不動産に関して、被相続人の葬儀が執り行われた後、平成3年12月28日から同4年1月にかけた頃、亡秋本ユウ子を除く6名の相続人本人及び配偶者が同席して、抗告人田中に相続させ、その余の遺産を他の相続人で均等に相続する旨合意した。右合意はその後正式に全遺産に対する分割協議書の作成という段階までには到達しなかったが、○○町の不動産の取得者に関しては有効と考えるべきである。

右合意の存在は、抗告人3名の他、被抗告人大川も認めており、証拠上は被抗告人伊藤の認否は明確でないが審問をすれば認めるはずであり、かかる合意が一旦成立したことは明確だと言える。被抗告人有島桃子、同有島久司が否認するのは、自己に不利益な合意であるから事実に反して故意に否認するものと判断される。この点は抗告人志賀の平成6年4月8日の審問調書1項から優に認定できるものである。田中が取得する事実がもし存しなかったのであれば、右合意の存在によって不利益を受ける志賀がこのような証言をするはずがない。

第3抗告人田中万理の寄与分の存在

抗告人田中は、豊田市○○町に存する借家1件の管理をするという形態で、被相続人の財産の維持に寄与している。

従って、応分の寄与分が認められるべきである。

第4被抗告人有島久司の相続権の不存在

相続人の一人であった秋本ユウ子を遺言者とする、平成4年7月6日付け名古屋法務局所属公証人○○作成にかかる平成4年第××号遺言公正証書は、遺言者の真意により作成されたものではなく無効である。

その根拠として、抗告人らは次の諸点を指摘しておく。この点は別件で遺言無効確認訴訟が進行しており(名古屋地方裁判所平成7年(ワ)第××号、民事第×部(イ)係)、その結論を見守るしかないと考える。

1 相続人秋本ユウ子は、生前、被相続人の遺産分割の件には全く関心がなく、本件調停期日にも審判期日にも全く出頭していない。当時ユウ子は「軽度の痴呆状態であり」、被相続人の遺産については「もらってもしょうがないし、何よりも「めんどうくさい」という意思を表示していた。名古屋家庭裁判所からの照会に対する回答は、被相続人の「遺産の取得は希望しない」「ほかの兄弟(姉妹)で分けてもらっていい」というものだった。そのようなユウ子が自分なき後の事を心配して遺言書を作成し、しかも被相続人有島満緒の相続分を、有島久司に相続させるなどという内容の遺言書を作成するなどということは到底考えられない。

ちなみにユウ子は、平成4年3月15日に脳出血を起して正常な意識能力を喪失し、名古屋市○○区○○××番×号、医療法人○○内科病院に入院した。その後若干の症状の軽快を見たが、独居生活は無理と判断されたので、同人には同居の親族もいないことから、最寄りの社会保険事務所が特別養護老人ホーム○○荘への入所手続をとり、平成4年6月26日○○荘へ入所したものである。このような経過からユウ子は入荘当時、ぼけ老人グループの部屋に収容されたような状態だった。さらにユウ子は、本件遺言書作成後の平成5年1月13日から同年2月10日まで、及び同年2月18日から同年5月31日(退荘日)までの間、ユウ子は、脳出血後遺症のため、名古屋市○△区○○×丁目××番地、○○記念病院に入院した。そして、平成5年5月31日付けでユウ子は、長期入院で退院の見込がないために○○荘を退荘させられたのである。当時のユウ子は、呆けのため、例えば衣服についても、外の入所者のものを平気で着用し、自分の衣類と他人の衣類との区別もできないような状態だった。

要するに、平成5年1月13日以降、ユウ子の精神的・肉体的状態は特別養護老人ホームですら面倒を見きれないという、呆けが進行した状態だったのである。

2 本件遺言書が作成された平成4年7月6日当日、被告ユウ子は「看護婦の声かけにも反応が鈍く、右上肢には脱力感があり、自力では朝食をとることができず全面的に介助して貰ってようやく食事をとることができた」という悲惨な肉体的・精神的状態だった。特にこの日はユウ子は到底満足な意思能力など存しなかった。この事実は、同日作成された本件遺言書がユウ子の真意に基づくものではなく、事情を知らない○○交渉人をいわば道具として利用して(刑事法でいう間接正犯的形態)、被告有島桃子により詐欺的に作成されたことを物語るものである。

3 平成4年12月20日、被相続人の一周忌法要を、原告田中万理の自宅で親類・兄弟姉妹が寄ってとり行われ、この席にはユウ子も甥に車で送って貰って出席し、田中方で一泊した。この席でユウ子は、○○荘入荘の身元保証人になっている被告有島桃子の行状・心情に対し、非常に立腹して話しをしていた。例えば、ユウ子は○○荘入荘の費用を自己の厚生年金などで自活して支払っていたが,被相続人の法要に出席する御仏前を出すことにつき、桃子の承諾がないから持って来れなかったなどと、立腹して桃子のことを皆に話したりしていた。

その折に、出席者がユウ子に対し、被告有島桃子から何か一筆書かされていないか尋ねた。それに対しユウ子は「いや何も書いていない。ただ以前、桃子に言われて白紙にサインしたことがある。裏に何か印刷してあったので読もうとしたら、桃子がひったくるように取ってしまったので読むことができなかった。はんこも突いたが、自分の持っていた実印ではなく、桃子がくれた印鑑を押した。それがどういう書類だったかはわからない。」旨、同席したものに説明した。

このようにユウ子は遺言書を作るなどという認識は全くなかった。従って、本件遺言書はユウ子の真意に基づくものではない。

第5遺産分割方法の失当

1 不動産評価の件

(1) 正式な不動産鑑定をするべき

本件審判で、2か所の不動産の評価は、参与員の意見に基づいて行われているが、当事者間で調停が成立せず審判となるような場合には、正式に不動産鑑定を実施するべきである。ここ2、3年、名古屋市近郊の市街地では年間10パーセント台の地価下落現象が見られるのであるから、改めて直近の不動産鑑定を行うべきである。

(2) 田中の利用権価格の控除をするべき

豊田市○○町の土地のうち、抗告人田中の借家がある××番×の土地の評価につき、参与員の意見は田中の借家権価格を考慮していない。本来であれば田中は月額2万円の賃料を支払っていたというのであるから、敷地の土地の更地価格の3割程度の借地権価格を控除した価値を土地の評価とするべきである。

また同様に、田中が耕作している××番×の畑についても、田中に使用借権が存することが明白であって、この使用借権についても更地価格の1、2割程度の使用借権価格を認め、これを控除した価値を遺産の土地の評価額とするべきである。

以上の2点から参与員の土地の評価額は高過ぎるという誤りを犯している。

2 株式等の換価分割方法を採用するべき

原審判は、遺産のうち別紙目録記載9ないし14の株式等を準共有(ないし共有)として、現実に分割しなかった。しかし一見して明らかなように、未分割としたこれら株式(上場株7銘柄)・投資信託(通常は1口1万円の単価である)・公社債・貸付信託などだけでも時価数千万円の価値は優にあり、これほど多額の遺産を準共有とするのは遺産「分割」の意味を著しく減殺するものである。しかも本件では、これら遺産の取得を積極的に希望する者もおらず換価しても支障なく、かつ多額の代償金による清算を命じられた者がいるのであり、そうであればできるだけ金銭に換金できるものはできるだけ換価して分割するのが好ましい。この点、審判官の転勤の事情もあって、拙速に決定がなされたのでないかとの危惧が拭いきれない。

〔参考〕 原審(名古屋家 平5(家)1482号、平6(家)1769号 平7.3.17審判)

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